「うちは従業員が10人未満だから、就業規則なんて作らなくていい」
「10年前に社労士さんに作ってもらったものがあるから、ずっとそのまま使っている」
もし、経営者様がこのようにお考えであれば、それは会社にとって非常に大きな「隠れリスク」を抱えている状態と言わざるを得ません。
就業規則は、単なる「社内マニュアル」ではありません。会社と従業員の間の契約内容を具体的に定める、いわば会社運営の「土台」となる重要なものです。
労使トラブルが起きた際、裁判所や労働基準監督署が真っ先に確認するのが、この就業規則です。
ここに不備があったり、法律の改正に対応していなかったりすると、会社は従業員に対して適切な指導や処分ができなくなるばかりか、未払い残業代請求などの紛争で不利な立場に立たされることになります。
この記事では、就業規則を作成・見直しする際に必ず押さえておくべきポイントと、近年の法改正への対応、そしてトラブルを未然に防ぐための「守りの条項」について解説します。
なぜ就業規則の作成・見直しが重要なのか?
労働基準法では、「常時10人以上の労働者を使用する使用者」に対して、就業規則の作成と届出を義務付けています。
しかし、10人未満であっても作成することを強く推奨します。なぜなら、就業規則がない場合、労働条件や規律が曖昧になり、「言った・言わない」のトラブルが頻発するからです。
また、作成済みの場合でも「見直し」は不可欠です。
労働法分野は頻繁に改正が行われます。「育児・介護休業法」「パワハラ防止法」「働き方改革関連法」など、数年前の常識が通用しないケースが増えています。
古い就業規則を使い続けることは、知らず知らずのうちに「違法状態」を放置することになりかねません。
ネット上の「無料テンプレート」に潜むリスク
コストを抑えるために、インターネットで無料公開されている「モデル就業規則(雛形)」をダウンロードして、社名だけ書き換えて使っているケースを見かけます。
これは非常に危険です。
厚生労働省などが公開しているモデル就業規則は、あくまで「法律の基準を満たした標準的なもの」であり、どうしても「労働者寄り(労働者に有利)」な内容になりがちです。
会社ごとの独自の事情(繁忙期の有無、業務の特殊性、リモートワークの導入など)が反映されていないため、いざトラブルになったときに「会社を守るための条項」が入っていないという事態に陥ります。
自社の実態に合わない雛形を使うくらいなら、作らない方がマシだった、というケースさえあるのです。
トラブルを防ぐ!就業規則の最重要チェックポイント
弁護士が就業規則をチェックする際、特に重視する「トラブル予防」の観点からのポイントをいくつかご紹介します。
懲戒事由の具体性と業種ごとの最適化
社員が問題を起こしたとき、「懲戒処分(減給や出勤停止、解雇など)」を行うには、就業規則に「どのようなことをしたら、どのような処分になるか」が明記されていなければなりません。
「その他、不都合な行為があったとき」といった曖昧な条項だけでは、重い処分を下した際に無効と判断されるリスクがあります。
「会社のサーバーに不正アクセスしたとき」「許可なく兼業を行い業務に支障をきたしたとき」「ハラスメント行為を行ったとき」など、現代のリスクに合わせた具体的な事由を列挙しておく必要があります。
また、この「具体的な事由」は業種によって大きく異なります。
例えば、運送業であれば「重大な交通事故や飲酒運転」、飲食・サービス業であれば「SNSでの不適切な投稿(バイトテロ等)」、IT業や開発業であれば「機密情報の持ち出し」など、その業種で起こりうる致命的なリスクを想定し、ピンポイントで処分規定を設けておくなどの配慮が不可欠です。
休職・復職の規定(メンタルヘルス対応)
近年、うつ病などのメンタルヘルス不調で休職する社員が増えています。
ここでよく揉めるのが、「いつまで休ませるのか」「復職の判断基準は誰が決めるのか」「復職できなければどうなるのか」という点です。
規定が曖昧だと、主治医が「復職可」の診断書を出した場合(実際にはまだ完治していない場合でも)、会社は復職を拒否しづらくなります。
「会社が指定する産業医の診断を必須とする」「休職期間満了時に復職できない場合は自然退職とする」といったルールを明確にしておくことが、泥沼化を防ぐ鍵となります。
固定残業代(みなし残業)の規定
「基本給に残業代を含める」という固定残業代制度を導入している企業は多いですが、就業規則への記載方法を間違えると、裁判で「無効」と判断されるリスクが高い分野です。
「基本給〇〇万円のうち、△△万円は固定残業代(◯時間相当分)とする」と明確に区分し、超過分は別途支払う旨を規定しなければなりません。ここが曖昧だと、固定残業代が「ただの基本給」とみなされ、過去に遡って莫大な残業代を請求される恐れがあります。
近年の法改正に対応できているか?
ここ数年だけでも、就業規則の改定が必要となる重要な法改正が相次いでいます。貴社の規則は対応できていますでしょうか。
パワハラ防止法(労働施策総合推進法)
2022年4月から、中小企業を含むすべての企業に対し、パワーハラスメント防止措置が義務化されました。
就業規則においても、ハラスメント行為の禁止や、行為者に対する懲戒処分の方針を明記し、周知する必要があります。
育児・介護休業法の改正
「産後パパ育休(出生時育児休業)」の創設や、育休の分割取得など、制度が柔軟化されています。
古い規定のままだと、従業員から申請があった際に現場が混乱したり、法違反を指摘されたりする可能性があります。
副業・兼業の解禁
以前は「副業禁止」が当たり前でしたが、国は副業を推進する方向へ舵を切っています。
全面的に禁止する規定は、場合によっては無効とされる可能性があります。
「届出制」や「許可制」にしつつ、「競業避止(ライバル企業でのバイト禁止)」や「長時間労働による健康被害防止」の観点から、合理的な制限を設ける形に見直すのがトレンドです。
弁護士に作成・見直しを依頼するメリット
就業規則の作成は社会保険労務士(社労士)の業務というイメージが強いかもしれません。
もちろん社労士もプロフェッショナルですが、弁護士に依頼する独自のメリットがあります。
それは、「紛争(裁判)になったときの結末を知っている」という点です。
弁護士は、解雇無効訴訟や未払い残業代請求といった「実際のトラブル」の現場で戦っています。
だからこそ、「就業規則のこの表現が甘かったから会社が負けた」「ここの条項があったおかげで会社が救われた」という実例を熟知しています。
単に「役所に受理されるための規則」ではなく、「万が一の裁判でも会社を守れる強い規則」を作ることができるのが、弁護士によるリーガルチェックの最大の強みです。
まとめ:就業規則は会社を守る「防具」
就業規則を見直すことは、決して「従業員を縛り付けるため」ではありません。
ルールを明確にすることで、真面目に働く社員が不公平感を持たないようにし、職場環境を健全に保つために必要なのです。
そして何より、予期せぬトラブルから会社と経営者を守るための最強の「防具」となります。
「うちは大丈夫かな?」と少しでも不安を感じたら、一度専門家のチェックを受けることをお勧めします。
WaSay法律事務所では、貴社の業種や規模、企業風土に合わせたオーダーメイドの就業規則作成・見直しをサポートいたします。
法改正対応だけのスポット依頼も可能ですので、お気軽にご相談ください。
