「何度注意しても遅刻が直らない」
「上司の指示に従わず、職場の雰囲気を悪くする」
「能力不足でミスを連発し、取引先に迷惑をかけている」
こうした「問題社員」への対応は、経営者や人事担当者にとって最も頭の痛い悩みの一つです。
目に余る行動が続くと、「すぐに辞めさせたい(解雇したい)」と考えるのは心情として当然ですが、日本の労働法において「解雇」のハードルは極めて高く設定されています。
感情に任せて安易に解雇を言い渡すと、後になって「不当解雇」として訴えられ、数百万円単位の解決金(バックペイなど)を支払う羽目になるリスクがあります。
この記事では、問題社員への対応で会社が踏むべき「正しいステップ」と、リスクを最小限に抑えるための指導・懲戒の手順について解説します。
日本の法律における「解雇」の難しさ
まず大前提として知っておくべきなのが、労働契約法第16条の規定です。
労働契約法第16条
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
つまり、会社側が「こいつはダメだ」と思っても、裁判所が「客観的に見てクビにするほどではない」「いきなり解雇するのはやりすぎだ(相当ではない)」と判断すれば、解雇は無効になります。
日本の裁判実務では、能力不足や勤務態度不良だけで、即座に解雇が認められることは稀です。
解雇が認められるためには、会社側が「これだけ教育・指導を尽くしたが、それでも改善が見られず、他の業務についてもらう余地もない」ということを、証拠をもって証明しなければなりません。
したがって、問題社員への対応は、「いきなり解雇」ではなく、「指導・教育の積み重ね(プロセスの構築)」がすべてと言っても過言ではありません。
問題社員への対応ステップ1~5
【ステップ1】事実確認と記録化(証拠作り)
問題行動が発覚したとき、最初に行うべきは「記録」です。
「あの社員は態度が悪い」という主観的な印象ではなく、「いつ、どこで、どのような問題行動があったか」を客観的に記録に残します。
勤怠不良の場合
タイムカード、遅刻・欠勤の具体的な日時と理由、連絡の有無。
能力不足の場合
具体的なミスの内容、それによって生じた損害、顧客からのクレームメール。
命令違反の場合
どのような指示をし、どう従わなかったかの業務日報やメールのやり取り。
口頭で注意しただけでは、「言った・言わない」の水掛け論になります。必ずメールや書面、あるいは面談記録として残す習慣をつけましょう。
これが将来、会社を守る最大の武器になります。
【ステップ2】業務改善指導(注意・指導)
いきなり処分を下すのではなく、まずは「改善の機会」を与えます。これを怠ると、後の解雇や懲戒処分が無効になる可能性が高まります。
口頭注意から書面注意へ
最初は口頭での注意で構いませんが、改善が見られない場合はメール、それでもダメなら「注意書」や「指導書」といった書面を交付します。
書面には以下の内容を明記し、本人から受領のサインをもらいます。
- 問題となっている具体的な事実
- 会社が求める改善の基準(ゴール)
- 改善のための期限
- 改善が見られない場合の措置(懲戒処分等の可能性)
具体的な指導を行う
「もっとやる気を出せ」「しっかりしろ」といった精神論の指導では、裁判所は「適切な指導を行った」と認めてくれません。
「毎日〇時までに日報を提出する」「〇〇の作業手順書通りに実施する」など、具体的かつ達成可能な目標を設定し、その進捗を定期的に確認することが重要です。
【ステップ3】懲戒処分の実施(段階的な処分)
指導を繰り返しても改善が見られない、あるいは改善の意思がない場合は、就業規則に基づいた「懲戒処分」を検討します。
重要なのは、「軽い処分から段階的に重くしていく」ことです。
- 譴責(けんせき)・戒告(かいこく): 始末書を提出させ、将来を戒める(最も軽い処分)。
- 減給: 法律の範囲内(平均賃金の1日分の半額かつ総額の10分の1以下)で給与を減らす。
- 出勤停止: 一定期間、出勤を禁止し、その間の給与を支払わない。
- 降格・降職: 役職や職位を引き下げる。
いきなり重い処分を下すと、処分自体が無効(懲戒権の濫用)となるリスクがあります。
「まずは始末書、次は減給」と段階を踏むことで、「会社は改善を促したが、本人の態度は悪化する一方だった」という解雇への正当なプロセスが構築されます。
注意点: 懲戒処分を行うには、就業規則にその種別と事由が明記されていることが必須条件です。
就業規則がない、あるいは周知されていない場合は懲戒処分ができませんのでご注意ください。
【ステップ4】退職勧奨(たいしょくかんしょう)
解雇の一歩手前の段階として、実務上よく行われるのが「退職勧奨」です。
これは、「会社としてはあなたに辞めてほしいと考えている。自主的に退職してくれないか?」と話し合いで解決を図る方法です。
解雇は会社側の一方的な通告ですが、退職勧奨に応じて本人が「退職届」を出せば、それは「合意退職」となります。
合意退職であれば、後から「不当解雇だ」と訴えられるリスクをほぼゼロにすることができます。
ただし、退職勧奨はあくまで「お願い」であり、強制はできません。
執拗に長時間説得したり、大声で怒鳴ったり、「辞めなければ懲戒解雇にするぞ」と脅したりすると、「退職強要」として違法行為になります。
あくまで冷静に、会社の考えと条件(場合によっては解決金の提示など)を伝え、本人の合意を取り付けることが重要です。
【ステップ5】解雇(普通解雇・懲戒解雇)
これまでのステップ(記録、指導、軽い処分、退職勧奨)をすべて尽くしても解決せず、これ以上雇用を継続することが企業の秩序維持や業務遂行に著しい支障をきたす場合に、初めて「解雇」を選択します。
普通解雇
能力不足や勤務態度不良などを理由に行う一般的な解雇です。就業規則の解雇事由に該当することを確認し、30日以上前の予告(または解雇予告手当の支払い)を行って解雇通知を出します。
これまでの指導プロセスが適切であれば、有効と認められる可能性が高まります。
懲戒解雇
横領や重大な経歴詐称、長期無断欠勤など、極めて悪質な規律違反に対する「制裁」としての解雇です。
最も重い処分であり、退職金が不支給・減額となるケースも多いため、その有効性のハードルは普通解雇以上に高いとされています。
能力不足程度で懲戒解雇を選択するのは避けるべきです。
まとめ|問題社員対応は「初動」と「一貫性」が鍵
問題社員への対応で失敗する最大の原因は、「感情的な即断即決」です。
「明日から来なくていい!」と言ってしまいたい気持ちを抑え、冷静に事実を積み上げ、指導を行い、プロセスを踏むことが、結果的に会社と他の真面目な社員を守ることにつながります。
また、どの段階でどのような書面を出すか、どの程度の処分が妥当かという判断は、法的な知識と経験が不可欠です。
「この社員の対応、どう進めればいいか悩んでいる」
「解雇したいが、リスクがないか確認したい」
そのように思われた際は、問題が深刻化する前に、ぜひ一度弁護士にご相談ください。
貴社の就業規則やこれまでの経緯を踏まえ、トラブルを防ぐための最適なロードマップをご提案いたします。
