ビジネスの現場において、「契約書」は企業の命運を左右する重要なツールです。
しかし、中小企業の経営者様や担当者様からは、以下のようなお声をよく耳にします。
「取引先から提示された契約書だから、そのままハンコを押しても大丈夫だろう」
「インターネットで拾った雛形(テンプレート)を使っているから問題ないはずだ」
「長年の付き合いがある相手だから、細かいことは気にしなくていい」
これらは非常に危険な考え方です。
契約書に潜むたった一つの不利な条項が、後に数百万、数千万円の損失を生んだり、会社の信用を失墜させたりする原因になることがあります。
この記事では、契約書チェック(リーガルチェック)の重要性と、インターネット上の雛形や相手方提示の契約書に潜むリスク、そして弁護士に依頼することで回避できる具体的なトラブル事例について徹底解説します。
そもそも「契約書チェック(リーガルチェック)」とは?
契約書チェック(リーガルチェック)とは、契約を締結する前に、その契約書の内容に法的な問題がないか、自社にとって不利な条件が含まれていないかを専門家が精査することを指します。
単に「誤字脱字がないか」「てにをはが合っているか」を確認するものではありません。主に以下の3つの視点で審査を行います。
1.法的な有効性
その契約条項は法律(民法、商法、下請法、独占禁止法など)に違反していないか、無効になるリスクはないか。
2.リスクの回避(守り)
将来トラブルが起きた際に、自社が過大な責任を負わされる条項になっていないか。
3.利益の確保(攻め)
自社が本来受け取るべき対価や権利が、契約書上で不当に制限されていないか。
ビジネスにおいて「契約自由の原則」がある以上、ハンコを押してしまえば、たとえ不公平な内容であっても「合意した」とみなされ、後から覆すことは極めて困難です。だからこそ、署名捺印前のチェックがすべてなのです。
なぜ「雛形」や「相手方提示」の契約書は危険なのか?
「ゼロから契約書を作るのは大変だから」と、既存のテンプレートや相手方が用意した契約書をそのまま使うケースは後を絶ちません。ここには3つの大きな落とし穴があります。
インターネット上の雛形(テンプレート)のリスク
ネット上には無料で使える契約書の雛形が無数に存在します。しかし、これらをそのまま流用するのは推奨できません。
法律改正に対応していない
2020年(令和2年)4月に改正民法が施行され、契約に関するルールが大きく変わりました(瑕疵担保責任から契約不適合責任への変更など)。
ネット上の雛形は古い法律に基づいているものが多く、そのまま使うと現在の法律と矛盾し、トラブルの元になります。
ビジネスモデルの不一致
契約書は「オーダーメイド」であるべきものです。
同じ「業務委託契約」でも、開発業務なのか、コンサルティングなのか、あるいは単純作業なのかによって、必要な条項(権利の帰属、再委託の可否など)は全く異なります。
一般的な雛形では、貴社独自のビジネスリスクをカバーできません。
相手方から提示された契約書のリスク
取引先(特に大手企業)から「弊社の標準契約書でお願いします」と提示された場合、その内容は100%相手方に有利に作られていると考えるべきです。
一方的な解除権
「相手方はいつでも無条件で契約を解除できるが、こちらはできない」
過大な損害賠償
「何かあったら、契約金額の上限を超えて無制限に賠償する」
知財の搾取
「成果物の著作権はすべて相手方に帰属する」
これらをチェックせずに締結することは、自ら不利な戦場に飛び込むようなものです。
「曖昧な表現」のリスク
「誠実に協議する」といった日本的な曖昧な条項も危険です。トラブルになった際、「誠実に対応したつもりだ」と主張しても、相手が納得しなければ結局は裁判になります。
契約書は、関係が悪化した時のための「解決のルールブック」です。曖昧さを排除し、誰が読んでも同じ解釈になる明確な文章にする必要があります。
契約書チェックで必ず見るべき「5つの防衛ライン」
弁護士が契約書をチェックする際、特に目を光らせるポイント(リスク回避術)の一部をご紹介します。
損害賠償条項(上限と範囲)
トラブルで相手に損害を与えてしまった場合、いくら払うのかという条項です。
これが「一切の損害を賠償する」となっていると、予見できない巨額の賠償請求を受けるリスクがあります。
対策
「契約金額(〇ヶ月分)を上限とする」「直接かつ現実に生じた通常の損害に限る」といった制限を加えるよう修正を求めます。
契約の解除条項
「どのような場合に契約を辞められるか」は重要です。
相手からの支払いが遅れた場合や、相手の信用状態が悪化した場合(倒産の危機など)に、即座に契約を解除して撤退できる条項が入っているかを確認します。これを「無催告解除」といいます。
契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)
納品したものに欠陥があった場合の責任期間や対応方法です。
民法改正により、買主側の権利が強化されていますが、売主側としては「いつまでも責任を負わされる」のはリスクです。
対策
「納品から〇ヶ月以内」「検査合格後は免責」など、責任期間を限定する特約を入れます。
知的財産権の帰属
システム開発やデザイン制作、コンサルティング資料などで揉めるのがこれです。
「成果物の著作権は甲(発注者)に帰属する」と書かれていると、受注者はその成果物を他の案件で使い回すことができなくなる可能性があります。
対策
汎用的なプログラムやノウハウ部分は受注者に留保されるよう明記します。
合意管轄(どこの裁判所で争うか)
細かいようですが、実務的には非常に重要です。
「東京地方裁判所を専属的合意管轄とする」と書かれた契約書で、自社が大阪や福岡にある場合、もし裁判になれば毎回東京まで行かなければなりません。
対策
自社の本店所在地を管轄する裁判所にするか、せめて被告の所在地(訴えられた側の地元)とするように修正します。
弁護士に依頼するメリット
「自分で読んで理解できたから大丈夫」と思っていても、法律家の視点で見ると「抜け穴」だらけというケースは多々あります。弁護士に依頼するメリットは以下の通りです。
「将来の紛争コスト」を劇的に下げる
契約書チェックの費用は数万円〜十数万円程度ですが、もし契約トラブルで裁判になれば、着手金や報酬金、そして事業の停止による損失で数百万円以上のコストがかかります。
契約書チェックは、将来の莫大な損失を防ぐための「安価な保険」であり、コストパフォーマンスの高い投資です。
有利な条件での契約締結(交渉力の強化)
弁護士は単に「ここがダメ」と指摘するだけではありません。「この条項はリスクが高いので、代わりにこのような文言で提案しましょう(修正案の作成)」という代替案を提示します。
また、「顧問弁護士のチェックが入っています」と相手に伝えるだけで、「いい加減なことはできないしっかりした会社だ」という牽制になり、不当な要求を退けやすくなります。
貴社のビジネスモデルに合致したカスタマイズ
テンプレートの流用ではなく、貴社の業務フローや商流をヒアリングした上で、「ここでお金が未回収になるリスクがある」「ここでは下請法が適用される可能性がある」といった個別のリスクを洗い出し、それをカバーする条項を盛り込みます。
契約書チェックの流れ 〜ご依頼から納品まで〜
WaSay法律事務所にご依頼いただく場合の一般的な流れをご紹介します。
- 1.ご相談・ヒアリング
- どのような取引を行うのか、相手との力関係、特に心配な点などを伺います。
- 2.契約書の送付
- チェック対象の契約書(Wordファイル等が望ましい)をお送りいただきます。
- 3.弁護士によるレビュー
- 法的観点から精査し、修正が必要な箇所を特定します。
- 4.修正案・コメントの提示
- 「条項の削除」「文言の修正」「修正すべき理由(リスクの説明)」を記載したファイル(修正履歴付き)を納品します。
- 5.(必要に応じて)相手方との交渉
- 修正案を相手にどう伝えるかのアドバイスや、代理人としての交渉も可能です。
まとめ:契約書は「転ばぬ先の杖」
契約書は、事業を守るための最後の砦です。
「内容はよく分からないが、相手を信用しているから」という理由でハンコを押すことは、経営判断として非常にリスキーです。
契約締結前のほんの少しの手間とコストで、将来の会社存続に関わるリスクを回避できるのです。
「この契約書、本当に大丈夫かな?」と少しでも不安に思われたら、サインをする前に、ぜひWaSay法律事務所にご相談ください。
貴社の利益を守る最強の盾となる契約書を作成・修正いたします。
